印鑑の基礎知識

通常損害と特別損害

損害賠償の範囲について、民法は、原則として、債務不履行から通常生じる損害の賠償ができると定めています。これを「通常損害」と言います。また、民法は、特別の事情によって生じた損害であったとしても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求できるとしています。これを「特別損害」と言います。「通常損害」と「特別損害」の概念は抽象的ですので、ご説明します。

通常損害と特別損害

A社はある部品の製造会社であり、B社に製品を納品しています。
B社は、A社から仕入れた部品と他の部品を組み合わせて作った製品をC社に納めています。
あるとき、A社の社員が作業手順を間違えてしまって、B社から発注されていた部品の納期に間に合わず、納入が2週間遅れてしまいました。そのため、B社は、C社との契約を守れず、納期の3週間後になって、ようやくC社に製品を納入できました。
この納期の遅れでC社は、3000万円の損害を被ったので、B社に対し、3000万円の損害賠償を請求しました。
そこでB社は、A社に対し、C社から請求された損害賠償額と同額の3000万円の損害賠償を請求しました。
ところがA社は、B社とC社との間の契約については、全く知らず、納期の遅れがB社に大きな損害を与えることを予想すらできませんでした。以前、2週間の納期遅れで生じた損害は200万円にすぎなかったことから、A社は、B社が請求してきた3000万円もの損害賠償は過大であり、払いたくないと考えています。さて、このような事例で、通常損害、特別損害について考えてみましょう。

損害の予見可能性

まず、A社が納期に遅れて納品したことにより通常生じる損害(通常損害)は、200万円であるとします。B社は、納期を守らなかったA社に対し、通常損害である200万円を請求することができます。

一方、B社が被った3000万円の損害は、特別損害であり、B社は、A社が納期を守らなければB社がC社との契約を守れず、損害を受けることをA社が予見していた、又は予見することができた場合には、3000万円を請求することができます。

例えば、契約の際、B社がA社に対し、C社との契約の存在を説明し、納期を厳守しなければならない事情があることをA社に説明していたにもかかわらず、A社が納期を守らなかったとしたら、B社は、特別損害である3000万円についてもA社に請求できることになります。この事例では、A社は、B社とC社の契約について全く知らず、知ることもできなかったわけですから、3000万円の損害賠償請求については、応じなくてもよいことになります。

契約書の記載と損害賠償

通常損害については、損害賠償を求めることができるが、特別損害については、当事者が予見し、又は予見することができた場合に損害賠償を求めることができるというのが民法の基本的な枠組みです。もっとも、契約の当事者は、損害賠償について、このような民法の枠組みと違った合意をすすることができます。

一方、B社が被った3000万円の損害は、特別損害であり、B社は、A社が納期を守らなければB社がC社との契約を守れず、損害を受けることをA社が予見していた、又は予見することができた場合には、3000万円を請求することができます。

例えば、契約の際、B社がA社に対し、C社との契約の存在を説明し、納期を厳守しなければならない事情があることをA社に説明していたにもかかわらず、A社が納期を守らなかったとしたら、B社は、特別損害である3000万円についてもA社に請求できることになります。この事例では、A社は、B社とC社の契約について全く知らず、知ることもできなかったわけですから、3000万円の損害賠償請求については、応じなくてもよいことになります。

損害賠償に関する条項

実際、多くの契約書には、損害賠償に関する条項が設けられています。
損害賠償条項については、単に「甲及び乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、その損害を賠償するものとする。」などと、当然のことを確認的に記載したにすぎないものもありますし、次の例の様に、民法の規定とは異なった定めをする場合もあります。

以下に、損害賠償についての条項例をいくつか挙げますので、民法の原則と比べて、責任を軽くする内容なのか、重くする内容なのか考えてみてください。
①甲及び乙は、本契約に違反することにより、相手方に損害を与えた場合、相手方に対し、損害(弁護士費用及びその他の実費を含むがこれに限られない)の賠償をするものとする。

②甲及び乙は、本契約に違反することにより、相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、損害賠償として金1万円を支払う。

③甲及び乙は、本契約に違反することにより、相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、通常損害(逸失利益を含まない)に限り、その賠償を請求できる。

④甲及び乙は、本契約に違反することにより、相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、既に支払われた契約金額の合計を上限として、損害賠償を請求できる。

まず、①ですが、契約の相手方が契約を守らなかったため、弁護士に依頼して裁判をした場合にかかる弁護士費用については、実は、「損害」に含まれないとされているので、別途合意がない限り、相手方にその費用を払わせることができません。①は、民法の原則では、「損害」に含まれない弁護士費用等についても賠償責任を負わせるもので、契約当事者の責任を重くする内容になっています。

次に、②ですが、契約に違反して損害を与えた場合に、一律で一定の金額を支払うという内容になっています。損害賠償については、その金額が争点となる場合がありますが、あらかじめ賠償額を決めておくことで、金額に関する争いが生じないようにしているわけです。

あらかじめ定めた賠償額が予想される損害額と比べて大きければ、当事者の責任を重くしたもの、小さければ、軽くしたものと言えるでしょう。

次に、③ですが、民法上、損害賠償を請求することができる通常損害と特別損害のうち、通常損害についてのみ請求できるとの内容であり、これは、当事者の損害賠償責任を軽くする方向の規定といえます。最後に、④ですが、これも損害賠償が請求できる金額の上限を定めたものですから、当事者の責任を軽くする方向の規定といえます。

例えば、製造業の会社で、製品を他社に納品する立場であれば、債務不履行があったときの賠償金額を限定するために、④のような条項を使うと有利ですし、逆に発注者側であれば、①のように損害賠償の範囲を広げておくこともあり得ると思います。

損害賠償条項については、契約書の中でも重要な点ですから、契約を締結するときには、きちんと確認しておいた方がよいでしょう。

日本と諸外国(欧米)の契約書の違いは?

近年、クロスボーダーの案件が増えており、英文契約書の需要も大きくなっています。海外の企業と取引を始めることになったお客様が「これまで日本で使っていた契約書を英文の契約書にしてほしい。」と弁護士等に依頼することもあるようです。

しかし、このような「日本語の契約書をそのまま英語に翻訳する」という発想は危険であり、将来、法的なトラブルが起こる可能性が高くなってしまいます。

日本と諸外国では、契約書に関する考え方に大きな違いがあるからです。その違いを簡単にいうと、日本的な発想では、契約相手への信頼を前提としているため、契約書の内容は簡単でよく、問題が生じたら、お互いに話し合って解決すれば良いと考えますが、諸外国、特に欧米では、契約当事者の文化的な背景が異なっていて、相互の信頼が十分でない場合もあることから、理解に食い違いが生まれないよう、契約書に使われる言葉の意味もできる限り定義して明確にし、当然と思われることもすべて契約書に書き込んでおくのがよいと考えるのです。

例えば、日本の企業間の契約書には、「誠実協議条項」といって、契約書に書いていない問題が起きたときなどには、当事者が話合いをして解決しましょうという条項があります。まさに、日本的な発想に基づく条項といえるでしょう。
一方、英文の契約書では、その解釈に違いが生じないように、契約書で使われる言葉の意味を明確にしますし、当然と思われることも契約書に書き込みます。

例えば、「買主は、○○5トンを購入する(The Buyers hall purchase 5tons of ○○)」という条項があったとします。これを解釈の違いが生じないよう、詳しく書くと次のようになります。

「売主は、5メートルトンの○○(○○とは、別紙Aで定義されるものをいう。)を売却することを約し、買主は、これを購入することを約した。(The Seller agrees to sell and the Buyer agrees to purchase five Metric Tons of OO (hereinafter referred as “ OO” with the specifications set forth in Exhibit A which is attached hereto and made an integral part hereof by this reference.”]

もともとの条項では、「買主は、・・買い受ける」という、買主側からの記載だけしかなか ったのですが、英文契約書では、「売主は、・・売渡し、買主は・・買い受ける」と両面から の記載にすることがあります。

また、「トン」についても、英トン、米トン、メートル法のトン等、いろいろな種類があり ますので、メートルトン (1ton = 1000kg)であることを明記しています。 さらに、売買の対象物についても、その規格等を別紙で詳しく記載します。 このように、英文の契約書では、解釈に違いが生じる可能性がある事項について、できる限り厳格な定義を行い、後日の紛争を予防し、また、紛争が生じた場合には、契約書によって解決できるようにしているのです。

(これだけ押さえればOK 印鑑・印紙・契約書の基本がわかる本 斎藤健一郎(著)より抜粋)