よくある質問

「約束」と「契約」、どう違うの?

「今週の金曜日、一緒に食事に行こう」、「来週末、一緒に映画を見に行こう」、「この車を買います」、「この部屋を借ります」
私たちは、生活していく中で、様々な「約束」や「契約」をします。「今週の金曜日、一緒に食事に行こう」、「来週末、一緒に映画を見に行こう」というのは、単なる約束でしょうし、「この車を買います」、「この部屋を借ります」というのは、契約でしょう。それでは、「約束」と「契約」の違いは何なのでしょうか。「約束」も「契約」も、守らなくてはいけないものという点では同じです。違うのは、契約は単なる約束と違って、法的な拘束力を持っているという点です。つまり、契約が守られない場合には、裁判等の手続を経て、契約の内容を強制的に実現することができるのです。

車を買ったのにお金を払わなければ、国家権力を使って強制的に代金を支払わせることができますし、部屋を借りたのに、賃料を払わなければ、強制的に賃料を支払わせることができます。

「約束」も「契約」も守らなければならない点は同じですが、「契約」は、守られなかったときに、国家権力を使って、強制的に契約内容を実現できる点が異なるのです。

どうして「契約」には力があるの?

どうして「契約」には、その内容を強制的に実現できる力が与えられているのでしょうか。

現代社会では、私たちは、契約をするかどうか、どのような相手とどのような内容の契約をするかなどについて、自由に決めることができます。

契約したくない相手とは契約をしないことができますし、契約の内容に納得がいかなければ、契約をしないことができます。

契約をするとき、私たちは、自分の自由な意思で契約をする、つまり、契約に縛られることを自分で選んでいるわけです。「契約内容が実現しなければ、強制的にその内容が実現されてもよい」、そのように自分で決めて契約を結んだわけですから、将来的に契約に違反したら、国によって契約内容が強制的に実現されても文句は言えないのです。

このように、契約が持つ力の根源は、当事者が自分の自由な意思で、契約に縛られることを選択したことにあるのです(自己決定に基づく自己責任)。

「契約」は、どうしたら成立するの?

それでは、このように強い力をもつ契約は、どうしたら成立するのでしょうか。実は、契約は基本的に、契約を結ぶ当事者が契約の内容にお互い納得して、合意するだけで成立します。

契約が成立するのに、契約書を作る必要はありません。契約は、口頭でも成立しますし、もちろん、電子メールのやりとりでも成立します。例えば、皆さんが、友人から腕時計を5万円で買うことにして、友人に対し、「この腕時計を5万円で買います。」と言い、友人が「分かりました。売ります。」、と言って承諾したとすると、この時点で、腕時計の売買契約が成立します。

もし、皆さんが腕時計を受け取った後も代金を支払わなければ、友人は、裁判等の手続を経て、皆さんに強制的に代金を支払わせることができますし、逆に、代金を払っても腕時計を受け取れなければ、皆さんは、強制的に腕時計の引渡しを受けることができます。

皆さんの中には、契約書を作らなければ契約は成立しないとお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、このように、契約は、契約書の有無にかかわらず、当事者の意思が合致しさえすれば、口頭でも成立してしまうのです。

契約書は、どうして作るの?

口約束でも契約が成立するなら、どうして契約書が作られるのでしょうか。契約書を作る一番大きな理由は、当事者が合意をした内容を証拠として残しておくためです。先ほどの腕時計の売買の例で、売主が当初5万円で腕時計を売ることに合意していたのに、別の買主がもっと高く買いたいと言い出したために、5万円で売ることを渋って、「5万円で売るなんて言っていない。」などと言い出した場合、口約束だけで証拠がないと、「5万円で腕時計を売る」という合意を立証することが難しくなります。

そんなとき、売買契約書があれば、「5万円で腕時計を売る」という合意があったことが簡単に証明できることになります。

また、契約書には、いったん作ってしまうと、その内容と異なる主張をしにくくなるという事実上の効果があります。合意の内容が書面になっており、そこに当事者の署名、押印があると、そこに書いてある内容をひっくり返そうという気持ちにはなかなかならないようで、きちんとした契約書を作ることは、紛争の予防にもつながるのです。

--具体例1--~契約書を作らなかったら~

ホームページの制作会社等から、次のようなご相談を何件か受けたことがあります。

A社「当社は、ホームページ制作を受けるときに、契約書を作っていないんですよ。この業界は、そういうことが多いと思います。見積書をお送りして、お客様がその金額でいいと言ってくだされば、すぐに制作に取りかかっています。これまでは、それで問題がなかったのですが、今回は本当に困ったことになりました。」

弁護士「どうしたんですか?」

A社「実は、B社というお客様との取引でトラブルになっているんです。B社は、新しくホームページを作りたいということでしたので、当社は、B社のご希望を聞き、300万円のお見積りをしました。

私たちの業界では、1人日(にんにち)=5万円が多いのですが、当社は、最初、8人日もあれば、制作が終わるだろうと考え、5万円×8日で、300万円のお見積りを出したのです。

ところが、ホームページを作っていくうちに、B社は、始めに言っていた内容に加えて、『あれもこれも」と作業内容を追加してきたのです。

最初のうちは、担当者もサービスの一環として、追加の費用を請求せずに、修正に応じてきたのですが、ずるずると要求に応じ続けてきた結果、当初の見積りの人日を大きく超えてしまい、改めて計算すると100人日、500万円程度は頂かないと割に合わない状況なのです。」

弁護士「B社さんに差額を請求しましたか?」

A社「それが問題なんです。当社の担当者は、B社に事情を説明して、追加料金を払ってもらおうとしたのですが、B社さんは、『最初の見積りの金額ですべてやってもらう約束のはずだから、追加料金を払う必要はない』と言って、応じてくれないんです。」

弁護士「それは困りましたね。B社さんから追加の指示を受けたときに、別料金がかかると說明はしているのですか?」

A社「当社の担当者は、作業量が多くなったら、料金がかかると説明してはいるのですが、いくらかかるとか、1人日いくらであるとか、具体的な説明はしていないようですし、B社さんから追加料金がかかってもいいとのご回答も頂いていないようなんです。」

このような相談を受けたとき、皆さんだったら、どのようにアドバイスしますか?

先ほど契約は、当事者の意思が合致すれば、契約書がなくても成立するとご説明しました。それでは、この事例で、A社とB社の間にどのような意思の合致があるでしょうか。少なくともA社とB社の間で、300万円でホームページを製作するという合意はあるようです。

しかし、A社は、8人日の範囲でホームページを作ることを考えており、一方、B社は、300万円でB社の要望のとおりのホームページを作ってもらえると考えているようです。

そうすると、厳密に考えれば、A社とB社の考えには、くいちがいがあり、A社が希望するような、「1人日5万円で、かかった作業量に応じたお金を払ってもらう」という合意は認め難いと言わざるを得ません。A社としては、3人日を超えた分については、1人日5万円を請求するという合意を一番初めにしておくか、当初、見積もった人日を超えた段階で、新たに追加料金をB社に提示し、B社の合意を得てから作業を進めるべきだったのです。

このような案件で、私は、契約上、B社に対して、追加料金の全額を請求することはなかなか難しいことをA社に説明せざるを得ないことがあります。

そうすると、A社は、「この業界、1人日5万円は、暗黙の了解になっているはずですから、何とか請求できませんか。」などとおっしゃるのですが、B社がそのように考えていたことの証拠もなく、裁判をしても、1人日5万円で計算した料金を支払うよう認めてもらうことは難しいと言わざるを得ません。

このようなご相談をいくつも受けていると、やはり、一番初めの段階で、又は、追加の依頼を受けた段階で、契約書を作成しておいたら良かったのにと思うことが多くあります。

お互いの考えを契約書という書面にまとめていくと、その過程でお互いの考えが食い違っていることが明らかになることがありますから、その食い違いを解決していくことで、後日、トラブルが発生することが予防できるのです。

--具体例2-- ~契約相手が作った契約書のチェック~

新入社員のAさんは、新しい取引先から、原材料を仕入れることになりました。契約書をどうするか、先輩のBさんに相談すると、Bさんは、「こっちが商品を買うんだから、契約書は相手に作ってもらえばいいんだよ。契約書を作るのは面倒だからね。」などとアドバイスしてくれたので、Aさんは、取引先が作ってくれた契約書を使って、そのまま契約しました。さて、このようなAさん、Bさんの対応に何か問題はないでしょうか。たしかに、契約書を作るのには労力がかかりますから、相手方に原案を作ってもらうことも十分あり得ます。この契約が問題なくすすめば、それでもいいかもしれません。しかし、ひとたび契約に問題が生じると、契約相手の作った契約をそのまま使ってしまったために、Aさんたちが大きな損をすることがあります。

例えば、Aさんの会社が仕入れた原材料に問題があって、Aさんの会社が、原材料の購入額の何倍もの損害を受けたとします。食品の原材料を仕入れたら、その中に高濃度の残留農薬があり、健康被害が生じた場合などは、原材料の金額よりも損害額ははるかに大きいでしょう。

このような場合であっても、契約の内容次第では、Aさんの会社は、購入した原材料の価格分しか取引先に請求できないこともあります。契約書に「甲及び乙は、相手方が本契約の各条項のいずれかに違反することにより損害を被ったときは、相手方に対し、契約金額を上限として賠償を請求できる。」などと記載されていれば、取引相手は、当然、この条項をたてに、原材料の価格分しかお金を払わないと主張するでしょう。

Aさん、Bさんは、契約相手が作った、相手に有利な契約書をそのまま使ってしまったために、会社に損害を与えることになるわけです。

この例の場合、Aさん、Bさんは、契約相手が作った契約書案を十分に検討して、自分たちに不利益な部分を見つけたら、それを修正するよう、契約相手と交渉すべきでした。

契約書案を相手方に作らせ、内容を十分に検討しないまま契約を締結してしまったのが、問題だったのです。

--具体例3--~ひな形を使った契約書の作成~

新入社員のAさんは、新しい取引先から、原材料を仕入れることになりました。契約書をどうするか、先輩のBさんに相談すると、Bさんは、「契約書は、インターネットで検索すればひな形が出てくるからそれをそのまま使えばいいんだよ。」などとアドバイスしてくれたので、Aさんは、インターネットで検索して探し出したひな形を使って取引先と契約を結びました。さて、このようなAさん、Bさんの対応に何か問題はないでしょうか。

実は、契約書のひな形は、契約当事者のどちらか一方が有利になるように作られている場合があります。例えば、売買契約であれば、売主側に有利な契約書のひな形と、買主側に有利な契約書のひな形があるのです。

中には、ひな形に「買主側」、「売主側」などとどちらに有利なのか分かるように書いてあるものもあるようですが、ほとんどのひな形は、そのような区別がなされていません。

Aさんが使ったひな形が、買主側に有利な内容であればよいのですが、もし、Aさんが売主側に有利なひな形を見つけてしまい、それと気づかずに、そのひな形を使って契約を結んでしまったりすると、先ほどの例と同じような問題が生じることになります。

契約書のひな形を使うときには、どちらの立場のひな形なのか、よく検討して使うようにしたほうがよいでしょう。

(これだけ押さえればOK 印鑑・印紙・契約書の基本がわかる本 斎藤健一郎(著)より抜粋)